2013/05/10

化物/星野源


冒頭には物語の全てがある


 先週発売された、星野源の待望の新作アルバム『Stranger』のオープニング・トラック。


 『幕が開ける』『お辞儀』『奈落』歌詞の端々に登場するこれらの単語から、本作の主人公が自らの人生を舞台に例えようとしていることが分かる。

 彼には予感がある。それは、彼の心の中で雄叫びを上げる「希望」が、その宿り主自身も含めて、彼の世界を変えてしまうという予感だ。

 そう。彼は追い詰められている。現在の彼の日常は我々が舞台と聞いて思い浮かべる華やかなイメージからはほど遠い。思うように変わらない、些細な不幸の連続である日常を『地獄』と呼ぶほどに、彼は追い詰められている。根本から違う生き物、現在の自分にはおよそ理解出来ないような「化物」にならなければ!と強く願うほどに、だ。

 だが、そんな悲痛な叫びも、ひとたびアイリッシュ・フォーク風の軽快な2ビートに乗せられれば、爽やかで穏やかな確信に満ちた願いに変身してしまう。人々の想いを、何か別の、とても美しいものに変えてしまうという音楽の魔法によって、この曲自体が既に「化物」になっているのである。

 本作はアルバムの1曲目だということを考えれば、ここで歌われる『僕』の物語がアルバムの物語の核になるのかも知れないと予想できる(残念ながらアルバム全体はまだ聴けていない)。だが、その一歩目が全てを予言している。物語を通して、この男の日常は華麗な変身を遂げるだろう。


 物事は変わる。心の中で強く叫ぶだけでなく、誰かに届くように届けられるように「歌う」ことによって。もしあなたが今、何も変わらない、変わっていないという失意の中にいるなら、多分まだ始まってもいないのだ。この短い曲はそんな風にも語りかてくる。

 「でも、ちゃんとそれらしく歌うってのは、それだけでもなかなか大変なものだよ、ゲンさん」と一人返事しながら、心と呼ばれる、胸の奥にある広大なスペースの片隅で、確かな熱を帯びたものが湧いてくるのを感じる。その熱源は勇気みたないな名前だったかも知れない。








クロスレビューはこちら。http://maculama.tumblr.com/post/50015798385/fredelix-3