2016/02/09

海の声 / 浦島太郎(桐谷健太)





スマホ世代の苦悩、2010年代的な「会いたさ」


三味線、ピアノ、ストリングスの3楽器から始まり、途中からバンドが合流する非常にシンプルな楽曲構造には音楽的になんら真新しさはない。この曲から敢えて2016年的な切り口を見出すとすれば、CD発売はせずデータ配信のみであり、auユーザー限定で先行配信された(現在はiTunesで購入可能)という点だろうか。加えて、電通社員によって作詞された歌詞に電話会社による「通信」を促すメッセージがしっかりと込められている点も見逃せない。

「海の声が 知りたくて 君の声を 探してる」。だだっ広い海を前に砂浜に座った桐谷健太が吠えるように弾き語る。ああなんだかナチュラル志向でよいですね~。海・山・川!自然回帰、大地讃頌!! あ、でもちょっと寂しいかも。人肌が、恋しい…。そこでキラーフレーズの登場。「会えない そう思うほどに 会いたい が大きくなってゆく」。そんな時でもすぐに会話することができます。そう、iPhoneならね。とでも言いたげな。

さて。「会いたい/声を聞きたい」。これは現代を生きる私たちにとっては非常に重要なテーマである。そもそも私たちは本当に「声を聞きたい」のだろうか。いつから人はこんなにも「会いたく」なったのか。西野カナ以降? それこそ私たちは電話会社のサービスを利用して「会いたい/声を聞きたい」という欲求を満足させているわけだが、私たちは半ば「声を聞けて」しまうがために無駄に「会いたさ」を感じてしまっているのではないか。最早、それは強制的に感じさせられていると言えるくらいに。そう考えると、スマホ世代の苦悩--2010年代的な「会いたさ」--をこの曲は増幅していると言えよう。

ところでこの曲、iTunesのトップチャートに姿を現したところで初めて私は存在を知り、テレビ・コマーシャルとは斯くも遠い存在になったものだなあと改めて実感した。ネット社会の現在であっても未だにテレビ・コマーシャルは音楽を流行らせるパワーがあるのかと、20年くらい前の感覚に戻った気分になった。オレンジレンジ、元ちとせ、SPEED、安室奈美恵など、ひと頃の「沖縄ブーム」も下火になり、今年に入って元THE BOOMの宮沢和史が歌手活動の無期限休止を発表するなど、最近はあまり元気な話題を聞かなくなった沖縄だが、「海の声」に乗ってやってくる沖縄調のメロディーに、ふいにあの頃の沖縄勢の盛り上がりを懐かしんでいる自分がいた。そういえば「あなたに逢いたくて」と連呼していたのはモンパチだったなあ…。

荻原 梓

“古い”ヒット・ソング


2015年にブレイクしたauの「三太郎」CMシリーズから、スピンオフ的に生まれた楽曲。元々は“声がよく聞こえる”というキャンペーンに使われたために、やたらと<声>と連呼する歌詞になっている。桐谷健太という恵まれた声質を持つシンガーと、BEGIN(作曲)、山下宏明(編曲)という熟練の作家陣の組わせによって、この曲は、単に使い捨てのノベリティー・ソングという域を超えて、昨年7月のリリースから現在に至る大きなヒットとなっている。

作詞は同シリーズのプランナーもである篠原誠。広告ディレクターがCMの楽曲まで担当すること自体は、熊木杏里「新しい私になって」(作詞:中島信也)や、「グリーンダカラちゃん」(作詞曲:赤松隆一郎)など、とりわけ珍しいことではない。ここでの篠原の歌詞は、CMで桐谷が演じる浦ちゃんこと浦島太郎のキャラクターに合わせて(だよね?)、かなり拙く幼い印象を与える。本来は俳優である桐谷を、歌だけでなく三線(さんしん)の演奏でも参加させたことも同様の狙いがあったのではないか。「海の声」は、一種のアマチュアイズムが楽曲の肝に据えられ、それが前述の作家陣の手練にくるまれることで、ポップス的な強度を帯びている曲だ。

BEGINと山下の仕事は、楽曲の構成を1つとってもJ-POP職人的な気配りが効いている。1番で1度だけ出てくるAメロや、大サビでの1度上への転調。それらがさり気なく、しっかりと良い塩梅に曲の情報量をコントロールしている。ただ、ここまで書いてきたこと全て、J-POPの世界に既にあったもので、そういう意味では「海の声」は“古い”ヒット・ソングだと言える。歌詞の内容としても変わらないことを歌う、変わらないスタイルの曲を求めるリスナー。時勢を思うと、その欲望を全面的に否定することはは難しい--つまり、気持ちは分かる--が、それに作り手が甘んじれば、止めどないスパイラルに入ってしまうだろう。どちらが先に“裏切る”のか? その誠意こそ、いま必要な気がする。